ゆるりとメモり

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ゆるりとメモリ

怠け者が怠け者なりに頑張るブログ。でも怠けがち。

“ゆるりとメモリ”

今日も仕事、明日も仕事。働くほど生活を厳しくしてしまう経済成長の実態。

失われた20年という言葉を知っていますか?この20年間、日本の経済は低迷しており、その成長はほとんど横ばいと言った状態です。

そしてこの状況を打開しようとこれまで各政権はさまざまな経済政策を行ってきました。現在政権を担う安倍政権も御多分に漏れず経済成長を推し進めています。実際に現在およそ500兆のGDPを2020年に600兆にすることを目標としています。

⇨ 安倍首相「GDP600兆円」表明へ、介護離職ゼロ目標も=政府筋

GDP600兆に向けて経済を成長させていくことは、一般的にはイイコトのように思うでしょう。しかし、それは本当でしょうか?

経済が低迷していると言われる今が悪くて、経済成長が再開する未来はそんなにいいものなのでしょうか。それを一緒に考えてみましょう。

GDP600兆とは

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まず、GDP600兆とは何を意味しているのかを確認していきましょう。GDPは国内総生産の英語表記(Gross Domestic Product)の略です。簡単に言うと、日本国内で市場によって評価され、1年間で生み出された商品やサービスの付加価値の合計です。ビジネスにおいて、何かを作り、それを作るためにかかった費用よりも少し高い価格で他の人に売って利益を上げていきます。

実際にかかった費用よりも高い価格で売れるということは、それを作った人は買ってくれた人に対してその分の価値を生み出したということになります。こうした活動がビジネスとして多く為されれば、その分市場において付加価値が重ねられていきます。この合計値が600兆になるように経済活動を活性化させていくことがGDP600兆という言葉の意味するところです。

これを見る限り、1年間で国内で生み出される価値の合計が今よりも多くなるのであれば、より一層イイコトのように見えます。それでは、GDPというものがどういう特徴を持った数字なのかもう少し見てみましょう。

GDP600兆のホントウの意味

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それでは、GDP600兆とは何を意味しているのでしょうか。GDPという指標で重要な事は、それがお金に換算されている価値であるということです。

例えば、スマートフォンを例に考えてみましょう。一昔前まで、日本では所謂ガラケーが携帯端末としては主流でした。しかしAppleがiPhoneを世に出して以来、スマートフォンという新たなカテゴリーが生まれました。これまでになかった製品が多くの人達に買われ、使われることになりました。これも GDPとして計上される価値を生み出す経済活動です。そして実際に今、スマホを持っていない人はかなり稀な存在となり、スマホが当たり前の世界となりつつあります。スマホの普及によってより便利な生活を享受しているのは紛れも無い事実であり、世の中に大きな価値をもたらしたといえるでしょう。

しかし一方で、牛丼の例を考えてみましょう。自宅で牛丼一杯作るとするとおよそ100円かかるとしましょう。しかし某牛丼チェーンで牛丼一杯を買ったとするとおよそ300円くらいかかるでしょうか。同じ牛丼であったとしても、忙しくて家事ができず、速さが売りのチェーン店の牛丼を買うことにした結果、200 円より多くお金がかかります。この200円もスマホと同じくGDPに計上されていきます。

しかし、牛丼を食べているという事実は同じです。これによって実際に僕達の生活が豊かになっているといえるのかはよくわかりません。この追加的にGDPに計上された200円にどれほど意味があるのでしょうか。

GDPの正体は忙しさ?

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日本は少子高齢化で、実際に働く人の数が減っている現状で、働く人がもたらす価値の総和を600兆にしようとしています。そうすると、これまで働いていなかった人が働くか、働く効率を上げる以外に方法はありません

一億総活用と謳って、女性や高齢者を始めとして、これまで比較的少ない時間働いていた人びとが仕事に費やす時間を増やしていくことは今後のトレンドとして見受けられるでしょう。

そうすると、忙しいからこそ必要とされてくる価値が現れてきます。例えば、これまで良くも悪くも家事を担ってきた女性が働くからこそ、その分が市場で提供されているサービスが必要になります。例えば、これまでお家で食事を作っていたのに、仕事をフルタイムで始めた結果、外食やより便利な食品配達サービスを利用します。忙しいからこそ、即日配達など時間に価値のあるサービスが求められます。最近話題の保育所の問題も、育児を家庭で担える人(男性でも女性でも)が減っているので、重要性が増してくるのです。

このように、現代で必要とされている価値の源泉は時間にあるように思われます。忙しさを埋め合わせるための便利機能が価値として考えられています

しかし、そもそもこの忙しさは何のために必要なのでしょうか。それはGDPを増やすこと、つまり経済成長のためではないでしょうか。経済成長のために男性も女性も、若者もお年寄りも働きます。そしてみんなが働くからこそ、忙しさを埋め合わせる新しい価値が必要とされていきます。そしてそれを生み出すために人びとはまた働きます。

それでは一体僕たちは何を目的として経済成長を求めているのでしょうか。この考え方に則れば、その答えは見えてきません。【働くから時間がない、時間がないから新しいサービスが必要、だからより働く】こうしたサイクルが今の経済成長の正体の一部なのではないでしょうか。

わざわざ市場で評価する必要性はどれほどあるのか

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家事は市場では評価されない生産価値として挙げられています。GDPには計上されないものの重要な価値でした。だからこそ家事も重要な労働であり生産価値でした。

しかし、今は社会に出て仕事をすることが女性にも男性にも求められてきます。みんなが忙しいからこそ、これまで家庭の中で生産されていた価値を市場にアウトソーシングします。アウトソーシングされたことにより、これまでGDPには計上されていなかった価値がGDPに計上され、かさ増しされていきます。

先ほどのスマートフォンの例であれば、社会に出て働く人がいたからこそ生み出された価値です。家庭ではなく仕事をしたからこそ生み出された、実際の生活に豊かさをもたらした価値です。

しかし、多くの人が働く代わりにアウトソーシングしなければならなくなったもの(家事、育児、即日配達サービス等)を提供するために多くの人が働かなければならないのであれば、どうも意味のないサイクルのように見えます。

つまり、働かずに家でゆっくり過ごすことで、消費する必要がなくなるサービスが多くあるように思います。忙しいから外食で多額の消費をしてしまいますが、 時間があれば自炊しますよね。では、忙しくないようにしてその分自炊をすれば、外食産業の数やその質(スピード感のあるサービス)は必要なくなります。首都圏であれば当日にものが届くサービスは、それを即座に届ける労働者が当然居ます。その人達にそんな苦労をさせてまで享受したい価値なのでしょうか。

ただ生産と消費を加速させることで、1年間の間に生み出される価値を計算上多くしているだけで、実際の生活における便利さや豊かさの実感とは必ずしもリンクしないものが少なくないのではないでしょうか

仕事の価値をGDPではなく生活との関わりで考える

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これまで見てきたように、単純にGDPという数値を増やすために努力をしては無意味なものが多く含まれます。単に数値を追い求めるだけでなく、その内実を常に意識していく必要があるでしょう。

そのためには、GDPという数値ではなく、常に自分や周りの生活の変化との繋がりを明らかにしなければなりません

例えば日本全体の価値の総和が増えたとしても、それが自分の生活が豊かになるとは限りません。豊かな人がより豊かになり、貧しい人は貧しくなる。でも全体の価値は増える。この可能性もGDPだけを見ていればありえます。また、上で説明したように忙しいから出費が増えただけであって、自分の生活が楽になった わけでも便利になったわけでもないということも往々にしてあるでしょう。

あなたはどんな生活がしたいですか?仕事をする時間は少なく、その分ゆったり家事をしてスローライフを送ることも人生の豊かさかもしれません。毎日朝から晩までやりたい仕事に明け暮れて、家事などのめんどくさいことは誰かにお任せすることが楽しい人もいるでしょう。どちらの選択肢も、ひとによって違うますが、人生の豊かさという観点では優劣はないはずです。

しかし、経済成長/GDP成長率向上の目標下では、基本的に後者の生き方が優先され、優遇されていきます。そして前者のような考え方では相当程度生きづらさを感じることになるでしょう。

こうした自分の理想の人生の在り方をイメージして、それに合わせた経済政策を考えなければ、あとで話が違うということにもなりかねません。経済成長という聞こえの良さが必ず自分に良さをもたらしてくれるとは限らないのです

なぜみんな働くのか。自分の人生と照らし合わせてもう一度立ち止まって考えてみては如何でしょうか。一億総活用でせっせと働いて経済を盛り上げることにどれほど意味があるのでしょうか。この視点が今の日本の資本主義経済には欠けていると思います。 

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