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民主主義の新たな形へのアイデア|東浩紀『一般意志2.0』

今回は以前書いた『一般意志2.0』に関する記事の修正版です。

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (講談社文庫)

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (講談社文庫)

 

はじめに

『一般意志2.0』は、以前早稲田大学文学学術院教授を務めていた東浩紀氏の著書の一つです。硬い学術書というわけではなく、当人を言っているようにエッセイのような軽い本です。ですので、そんなに厳密に語られた意見ではなく、アイデアくらいのものと解釈して良いのではないかと思っています。

本書では、「無意識民主主義」という考え方が出てくるのですが、現代における一般的な民主主義の概念とは少しちがう考え方となっています。しかし、現在それを考慮する必要がある論点であると私は考えています。

この著書における主張を簡潔にまとめた後に、自分の見解を整理してみようと思います。

『一般意志2.0』ってどんなことを言っているのか

一般意志2.0は直接民主主義?

本書はしばしば、ネットを活用した直接民主主義を主張していると勘違いされることがあるかと思います(実際私はそうであった)。

しかし実際には著書の中で、直接民主主義については「現代社会はあまりに複雑で、その理解が有権者の認知限界を超えているために政治が麻痺している」ため、解決策とはなりえないと述べています。現在の日本、ひいてはグローバル化によって繋がっている世界をすべて考慮して政治参加することは難しいのです。つまり、皆が数々の意思決定に際して、直接的に意見(票)を表すという直接民主主義の考え方は現実的ではないということです。

無意識民主主義の提唱

それでは、本書では何が主張されているのでしょうか。東氏が本書で提案していることは、【無意識民主主義(民主主義2.0)】という直接民主主義とは全く別の原理に基づく政治制度なのです。

無意識民主主義とは、東氏によると以下のように表されています。

筆者はつぎにような光景を夢想している。国会議事堂に大きなスクリーンが用意され、議事の中継映像に対する国民の反応がリアルタイムで集約され、直感的な把握可能なグラフィックに変換されて表示される。舞台俳優が観客の反応を無視して演技を進められないように、もはや議員はスクリーンを無視して議論を進めることはできない。〔中略〕視聴者は議決には介入できない。だからそれは直接民主主義ではない。議論に参加するのは、あくまでも民意を付託された議員だけである。しかし、視聴者の反応がそこまで可視化された状況で、私利私欲や党利党略で動くのはなかなか勇気がいるはずだ。そこでは、議員は、熟議とデータベースのあいだを綱渡りして結論を導かなければならない。(p.182)

つまり、想定されている状況は、現行の政治制度、国会の様子と大きくは変わりません。違う点は、無意識的にネット上に載せられている情報を集積して可視化し導入することで、熟議の外枠を形成しようとしている点にあります。【政治家や専門家の熟議はその無意識によって制約されるべき】としていて、このような形で大衆は政治に参画すべきだと主張しています。このような政治制度を「民主主義2.0」と称しています。

一般意志/一般意志2.0とは

また、上の引用に出ていている【データベース】とは、簡単に言うと【一般意志2.0】のことです。そうした【一般意志2.0】が国会の議論の外枠を形成し、半ば圧力のような力を持たせることで間接的に国会に影響力を与えようとするものとなります。

それでは、一般意志とはそもそもなんでしょうか。一般意志とはルソーが提唱した概念で、複数の個人の意志の集合を意味してますが、【一般意志2.0】は、それを借用した考え方です。それを簡単に振り返りましょう。

ルソーは「意見間の際が消え合意が形成されることによって生まれるのではなく、むしろ逆に、さまざまな意志がたがいに差異を抱えたまま公共の場に現れることによって、一気に成立する」としています。そしてこの形成された一般意志に政府が従うことで民主主義が成立するとされています。

しかしルソーがこれを提唱した当時は、一般意志を形成することに不可能性があり、未熟な理論だとされていました。しかし、近年の情報技術の進歩のおかげでこれを再考する必要があると東氏は主張しています。つまり、現代のネットに蓄積された数多もの上方を集積し解析することで、無意識に寄せられた人びとの考え方を抽出することができるようになってきたということです。

意識的に意見を表し、それを集計したものが【一般意志】であったとするならば、無意識にネット上で表現された意見を集計したものが【一般意志2.0】となるでしょう。つまり現代的に意味に読み替えられた新しい一般意志の概念とも言えるでしょう。

要するに

こうした【一般意志2.0】を国会に何らかなのデータとしてリアルタイムに反映していくことで、法的拘束力を持たないまでも事実上の影響力をもたせることで政治的な力を民衆が行使していくという形が【民主主義2.0】ということになるでしょう。

民主主義2.0の整理―数式化

この考え方には疑問が残ると思っています。しかし、その疑問を誤解なく指摘するために、数理モデル的にまず表現したいと思います。

まず社会の構成員をN={1, 2, .., n}と定義し、各々が無意識に発している情報の集合をD={d1, d2, .., dn}とします。

注意していただきたいのは、このDはまだ一般意志2.0ではなく、あくまでデータベース上に存在している情報の集合にすぎません。集計していない生のデータです。

そして、この情報を処理する技術をfと置きます。そうすると、生のデータを何らかの統計手法(f)で集計し、【一般意志2.0】という形で出力する過程を次の数式として表現することが出来ます。

Vg = f(D)    

  ※Volonté générale(一般意志)の略

 そして、ここで現れたVg(一般意志)が国会の議論における制約条件として機能する可能性があるということになります。

数式を並べると以下のようになります。

社会の構成員の集合

  N={1, 2, .., n}

データの集合=データベース

  D={d1, d2, .., dn}

データベースの統計処理=一般意志2.0

  Vg=f(D)

民主主義2.0に対する指摘

2つ疑問があります。

データ集合Dについて

まず、人びとのネット上の意見や感想のデータの集合Dについてです。

この東氏の考え方においては、【一般意志2.0】の形成には市民が無意識に投稿した情報を基礎としています。それが政治的に影響をあたえるという事実を知った民衆は、これまで通り変わらずにネットに情報の投稿を続けるのでしょうか。おそらくそれで安倍政権を引きずり降ろせるだとか、逆に民進党を貶められるなどを考えれば、あることないことをネット上に撒き散らそうと考える人も出てくるでしょう。その気になれば一人でも、あたかも多数の人間が、ある政策に対する批判を発しているかのように情報発信を用意に行うことも可能でしょう。

そうなると、一般意志の基礎となるデータがそもそも中立的なものなのか、人びとの意志を反映したものになりえるのかが怪しいものとなるように思います。少なくともこれでは一人一票の原則は成り立たなくなります。

そういったものを集計することにどれほど意味があるのでしょうか。

統計技術fについて

もう1点は、統計処理の技術であるfについてです。

この考え方の前提として、fに対して全幅の信頼が置かれている必要があることになっています。つまり、データベースを統計処理し可視化されて、それを民衆の無意識的な意志としていますが、それが正しく解析されている保証はどこにもありませんが、それが正しいとしておかないとこの民主主義の形は成立しません。これは政治的に正しい手続きを知っているよりも高度で、情報処理のメカニズムを理解しなければ、正当/不当を判断できません。

そして、統計処理の手法fを操作すれば、ネット上に広がっている情報が同じであったとしても、議会を制約する可視化された情報(一般意志2.0)は違うものとなります。

よって、そうした操作を出来ないようにすることはできるとは思いますが、その判断の基準については多くの人にはブラックボックスとして残ります。そうしたものを政治的な意志決定の制約の表現としての正当性を担保することはできるのでしょうか。

誰がそれを正当な表現として受け容れることができるのでしょうか。行為としては正しくてもその正しさを主張し理解されるには多くの困難があるように思います。

まとめ 

個人的には、上に挙げたような2つの疑問が残ります。しかしなんであれどのように私たちが属していて、生活している場としての社会がどのように形作られているのかに興味を持ち考えることは重要だと思います。

最近は人工知能の発達も著しく様々な分野への進出が日々ニュースとして取り上げられています。政治的意志決定にここで提唱されているような形であれそうでなかれ、何らかの形でコンピュータが関わってくる可能性は大いにあると思います。

こうした先進ITを応用した場合、それを知らない人は、その正しさの判断を他者に依存してしまうことになります。それどころか誰にとっても実態のわからないものになるのかもしれません。その時、民意というものは正当なものとして担保されるのでしょうか。今後重要な観点になると陰ながら思っています。