ゆるりとメモり

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ゆるりとメモリ

怠け者が怠け者なりに頑張るブログ。でも怠けがち。

“ゆるりとメモリ”

新卒一括採用は新卒にとってかなり楽なありがたい社会進出の方法なのでは

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こんにちは、Yuhです。

会社に入社して早いもので1ヶ月半を越えました。未だに研修が続き、実際に”仕事をする”ということはしていませんが、実際に自分が何かをして代わりにお金をもらい生計を立てていくという行為をする中で感じることがあったので書いてみようと思います。

社会の中で生きる

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私たちは、社会の中で生きています。社会に出ることを考える前に、社会で生きることを整理しておきましょう。

この社会で生きるとは、【欲しいものを自分が手にするために、他人が欲しいと思っているものを代わりに対価として提供すること】だと考えています。

自分で働き自分でお金を稼ぎ自分で生きていくようになることを【社会に出る】と言うこともこの考え方に由来しているからでしょう。

私たちは、お金を払ってでも欲しいものがあります。それは生きていくために必要不可欠なものであることもあるし、趣味などなくても死にはしないけれども欲しいものであることもあるでしょう。ですが、必ず存在する欲しいものを手にする代わりに、自分が誰かのために欲しいものを提供する、その相互的な関係が社会の中で生きるということだと最近は思っています。

現在、生きるためには実質的にお金が必要です。ですのでここでの【欲しいもの】は基本的にお金に変えられるものという前提で話をしていきます。無意味に見えるものにお金を払う人もいれば、意味はあるのにお金にはならないものも数多くあるとは思いますが、ここではとりあえず価格がつき需要があるものを価値のあるものとして扱います。

価値の生み出し方

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社会で生きるとは価値を生み出すということになりました。そしてその価値の生み出し方は、①集団として生む価値と②個人として生む価値があると思います。

集団として生む価値

これは複数の人間が1つの価値を生み出す方法です。お金に変わる価値を生むという点で言えば、会社に勤めることはこれに当たると思います。

会社員の1人として働くことは、大きな価値を生むでしょうが、そのひとりひとりの会社員の単位は、価値を生み出すサイクルの一部を担うに過ぎません

こういうタイプであれば、特定のサイクルの中に組み込まれているからこそ価値の創出に携われるのであって、汎用性が必ずしもあるとはいえません。所変われば、全く価値に寄与できないということもあるのかもしれません。

担うものが限定的なので比較的簡単である反面、汎用性に欠ける価値の生み方とも言えるでしょう。大企業に入ると転職が難しい(担う仕事にもよるでしょうが)と言われるのはこのためでしょう。

個人として生む価値

これは会社などの集団としての価値ではなく、特定の個人が価値として認められるような状況のことを言います。最近話題になっている(ような気がする)フリーランスと呼ばれる状態もこれに一応当たるかと思います

価値を生むサイクルの全てを紛れも無い自分が担っていく事ができる人はこうした価値の生み方をしているのでしょう。しかしその分、代替不可能な価値が必要ですし、その分要求が高く難しい方法であるといえるでしょう。

社会人になる

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社会人になるとは、【価値を享受する側から価値を創出する側】になることとよく言われると思います。

社会という集団が創出する様々な価値を単に受け取るだけでなく、その対価として自らも何らかの価値を提供していくある種の責務を背負い始めるとも言えるのでしょう。それは集団で生きるからこそ課されるもので、その重みを意識し始めなければならないということでしょうか。

義務とまでも言わないまでも、社会が創出する価値を享受したければそれ相応のものをもたらせということになります。それが基本的にお金というもので表されています。高いものを買いたければその分稼がなければなりません。

さて、社会に出るといいますと、就職活動が挙げられるでしょう。そろそろ6月を向け正式に面接が解禁されることになります(実際的にどうなのかは別にして)。

新卒一括採用に対しては数々の批判があります。実際に僕自身も去年就職活動を経て、あまりいい印象はありません。大学生活に食い込ませ、採用活動を行うことは未だによくないと思っていますし、不安を煽り立てている某企業たちはどうにかなったほうが良いとは思っています。

日本の新卒一括採用は新卒にとってはかなり楽は社会進出

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しかし、実際に新卒として働き始める側としては実はおいしい話だとも思っています。

なぜなら、お金に変える力をない新卒をわざわざ一から育ててくれる上に、担うべき価値の範囲も相対的に狭いからです

お金に変える力を持っている必要がない

本来であれば、お金を生み出す力のない学生はそれ相応のところで働く中で力をつけていき、徐々にステップアップしていく必要があるでしょう。

しかし、新卒一括採用であれば、事前の能力向上は大して求められず、能力を身につけるために必要な素養だけで採用判断をしてくれます。お金に変える力がなくても会社に雇い入れてくれるわけなのだから、めんどくさくはあれど原理上はありがたい制度とも言えます。

その上教育投資をしてくれる

お金に変える力がない人を雇い入れるだけではなく、お金に変える力を持てるように教育投資をしてくれます。つまり、まだお金に変える力がない新卒が社会の中でお金を稼いでいくために、少しずつ力を蓄えていくためのかなり丁寧な第一歩になります。

別にどこか一生奉公していく対象を就職活動で見つけるわけでは全くありません。どういった形で社会へのスタートをきるか、それくらいのものでしょう。このような形で利用しがいのある制度が敷かれているのだから、かなり良いものと思っています。至れり尽くせりな制度ですね。

担うべき範囲は限定的

さらに、個人で価値を生まなければならない場合よりも、集団として価値を生み出すサイクルの一部を担えるようになれば良いのだから、フリーランスで生きていくよりもかなりハードルが低いともいえます。

自分でお金に変える価値の重要性

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上で整理したように、【集団として生む価値】【個として生む価値】のどちらかに対する力を持つ必要があります。 その力によって、社会の中の他者に対して価値を生み出し対価を得ることができるようになります。

そうなることが、社会に出て生きていくためには必要不可欠なものとなるでしょう。個として価値を生む力を持っていれば、それだけで自分が社会の中で渡り歩いていけるでしょう。転職も容易で、かなりフレキシブルに経済社会で行きていけることになるはずです。

それに対して、集団として価値を生む力は、企業で働くためには重要です。しかし、そのためには会社という資本や一緒に働く人びとが必要です。それらがなければ結果的にお金に繋がらずその力はお金に対して無意味なものとなります。そうなると、社会の中で生きていくためには、その会社を離れるわけには行かなくなり、多少の不自由を余儀なくされるでしょう。

同じく社会に出るとしても、どのような力を培っていくのかが重要となっていくのでしょう。

まとめ

しかし、そうした力を得ることは容易ではありません。大学で学んだことはお金に直結するような力でないことばかりです。しかし実際に生きていくためにはその力を一定程度培わなければなりません。

それを働き始める前にすべて自分でやらなければならないと考えるとかなりハードルがあります。大学で好きなことを学ぶとともに、お金になるようなことを戦略的に身につけることを考えると簡単ではありません。

そうなると、新卒というチケットは最初のキャリアとして活用するにはかなり重要なものとなるはずです。それは大企業で安定した雇用のために使うべきものではなく、自分が持てる価値創出の力を戦略的にどこから得るかを考えるためのものです。

もちろん新卒一括採用という名の下に就活生をただ困惑させるだけものも多くあり、手放しに賞賛できたものでは全くありませんが、利用価値は多くあると思うので、大いに使い倒せばいいと思います。

ですが、これは原理上のメリットであり、実際には様々な問題があります。それは就活上の問題もあれば、企業での労働における問題もあり、キレイ事だけでは語れません。さらに、そもそも金銭価値に変えられるものを提供する意味がどれほどあるのか、といった疑問も残りますが、そういったことについてはまた別の機会に書きたいと思います。